京大野球部元監督・青木孝守氏 ──七年間の監督人生

By脇 悠大

1月 26, 2022

2019年秋には京大を史上初の4位に導く、七年間の監督人生

関西学生野球連盟秋季リーグ戦の最終日(10月24日)。京都大学で2015年から指揮を執り、2019年秋にはチームを史上初のリーグ4位に導いた青木孝守監督(67)は、この日の関西学院大学戦を最後に退任した。

◇ 青木孝守(あおき・たかもり)

京都大学野球部・総監督。2015年の春季リーグ戦から監督としてチームを率いる。同年、田中英祐(投手)が京都大学初となるプロ野球選手に(千葉ロッテ・14年ドラフト2位)。2019 年の秋季リーグ戦では、関西学院大学、同志社大学から勝点を挙げ、京大史上最高の成績 リーグ4位。

青木氏=写真は全て本人提供

京大野球部に関わるようになったキッカケ

青木氏が再び京大野球部に関わり始めたのは2011年、関西学生野球連盟の理事を務めたことがきっかけだった。当初は自身が経営する会社の都合もあり野球部に深く関わることは難しかったが、同時期に社内のリモートワーク化を進めたことで、徐々に密接に関われるようになっていった。関西学生野球連盟の選抜代表チームによるハワイ遠征(2013年を最後に現在は開催していない)にも、リモートで仕事を続けながら連盟理事として10日間チームに帯同するなど、仕事に支障なく野球に関わることのできる環境を自身の会社で整えていった。

2012年秋、前々監督の比屋根吉信氏が監督が退任され、現高野連会長の寳馨氏(京都大学大学院総合生存学館 学館長・教授)が野球部長兼監督に就任することが決まった。しかし、教授の仕事と並行しながら野球部部長・監督合わせて3つを務めるとなると時間的にかなり難しい側面があり、その事を気にかけた青木氏は寶氏のいる研究所へ足を運び、野球部への関わり方などについて相談した。結果的に、二年間限定で寶監督のもと監督就任を前提として、青木氏が助監督として野球部に関わることになった。野球から離れて長かったため、自分が現役の頃と野球が変わっているのだろうと心配もあったが、二年間チームを見ていく中で野球の本質的な部分は変わっていないと感じる。助監督としての二年間を終えたのち、青木氏は正式に京都大学野球部の監督を引き受けた。

七年間の監督人生

史上初の4位になったときの四連勝はやはり強く印象に残っているという。2019年、当時のチームは夏期オープン戦に引き分けを挟んで28連敗という最悪な状態で秋季リーグ戦を迎えていた。リーグ戦前半5試合まで敗戦は続き、連敗は33にまで膨らんだ。このまま全敗で終わってしまうとも思われたが、近大戦での1勝を機に状況は一転し、驚くように勝ちが重なっていく。高校野球でよく聞く「一戦一戦戦うごとにチームが強くなっていく」というのを本当に実感できたと青木氏は当時を振り返る。監督生活の七年間を通しても「力のあるチームが勝つのではなくて、流れを上手く掴んだチームが勝つ」ということを学ばされた。「田中英祐(元・千葉ロッテ)の次の代なんかは、実力的に勝つのが厳しいんじゃないかと不安だったが結局二勝をあげた。逆にそのもう一つ次の代は力があるなと思っていたが、開幕節で9回まで勝っていた試合をひっくり返されてそこから結局一年間1勝も出来なかった。」京大初4位の印象も強いが、チーム自体の印象としてはその当時のことが強く残っているという。

監督として大事にしていた事

「自分の理想のチーム像というのを決めないということを信念にしていました。京大は選手を取れませんから。」

監督というと軸が一つビシッと決まっていてブレないというような印象をもつが、青木氏は違った。自分の野球観でこういうチームにしたいというのではなく、今いる選手でどういう組み合わせをすれば最高の力を出せるか、強くなれるのか、ということを徹底的に追求した。この考え方は中小企業の経営に通じている。「限られた人材の中で適材適所に役割を当てはめ、その人が100%の力を発揮できるように考える。人材を十分に集められない分、1+1が2よりも大きくなるように考えている」と青木氏は話す。

総監督として今後も

昨季限りで監督のポジションから退くこととなった。今季からは総監督という立ち位置で京大野球部に関わっていく。新監督の近田怜王(元・ソフトバンクホークス)は31歳という若さで世間からの注目度も高い。青木氏は新監督についてこう語る。「彼は年齢の割に非常に落ち着いてる。若いけど苦労もされているし、人間としてしっかりしているというのが一番の印象。監督として私と決定的に違うのは、まだまだ自分の身体が動くという点。自ら身体を動かして指導できるということは、チームにとってとても良い刺激になるだろうと期待している。投手出身なので投手目線で考えた打順など、近田カラーのチームを作っていってほしい。京大は何してくるか分からないというような、相手を引っかき回すことができれば、他大学にとってより脅威になると思う。あまり周りに気を遣わずにノビノビとやってほしいし、存分に暴れ回ってほしい。」

新監督のサポートも最大限行うつもりだ。野球部OB会とのパイプ役や新入生のリクルート活動など、近田監督が存分に暴れ回れるよう裏方に徹する。リクルート活動については「進学高校の野球部員の勉強できる環境をITを使って構築していきたい」と今後の展望も語っていた。

今季は新体制のもと、プロ注目の152km/h右腕・水口、経験豊富な捕手・愛澤らを軸に、念願のリーグ優勝を狙う。

(執筆:脇 悠大)

脇 悠大

「京大ベースボール」代表・京大硬式野球部OB(2022卒)。2020秋~2021秋まで京大野球部の主将を務めた。京大野球部を「恒常的に優勝できるチームにする」という主将時に掲げた目標を達成するため、引退後でも何か出来ることはないかと考え、京大ベースボール(学生スポーツ紙)を設立。京都大学初の大学スポーツ紙として、野球部についての記事を書き始める。現役時代は右投左打の内野手。滋賀県・膳所高校出身。2022年度から京都大学大学院農学研究科。

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